七年間のワタミでの激務を経て、2009年夏に卒業し、2010年に学生時代以来のゴールデンウイークを過ごした。
いや、学生時代もサークル活動で、ゴールデンウイークなどなかった。
母の要望で、藤棚やツツジ等花を見に行く。
穏やかな日々に、目の前の、目に映る人の幸せを願う事も悪く無いなと思う。
そして、恩師の言葉を思い出す。
「今年の桜は、今年限り」
あと何回、このように両親と花をみにくる事ができるのだろうか。
今年もまた来れた。 今年もまた来れた。
と、毎年またこの場所に来れる事に感謝をしています。
そして、もう一言、師匠の言葉。
師が、両親への思いにおいて、 野中ともよさんとの対談の中でこのような事をおっしゃっていた。
一人の人間の人生、その生きたことの意味は何によって定まるか
一般的には、その人物の棺を閉じるときに定まると言われている。
ただ、私の思想は少し違う。
一人の人間の生きたことの意味、その価値は、 その人間が育てた人物の棺を閉じるときに定まる。
両親が生きた事のその意味は、両親が思いを込めて育ててくれた、 一人の人間がどのような人生を歩んだかそれが両親の生きた事の意味を定める。
自分の人生の生き方、あり方が親の生きた意味を定める。
与えられた命、感謝の意味を込めて燃やしたい。