日々是成長

~Now And Here~

西田幾多郎~善の研究~を読み始める。

3名の人に同じことを言われたら、メッセージとして受け取る。 西田幾多郎善の研究を、薦められ手に取った。

善の研究 <全注釈> (講談社学術文庫)/西田 幾多郎
¥1,155
Amazon.co.jp

純粋経験』という考え方。なかなか難しいが、一言で言えば、 主客未分。 あなたと私を区別しない。 以前、 『天地一切のものと和解する。』 という事を教わり、とても感銘を受けた。 そのことに通ずるのではないかと思う。 私が『志』という言葉に惹かれるのは、まさにこの 主客未分という考え方からだ。 自我ではなく、大我。 『私』とは、単に個の私ではなく、 『私達』という言葉に近い。 己一代で何かを成し遂げようとする野心ではなく、 己一代だけでは叶わないような大きな夢に向かって 力を合わせて達成していく志。 志は、一人で抱くものではなく、 仲間と共に抱くもの。 仲間は、空間を超える。 仲間は、時間を超える。 そして、 仲間は、自我を超える。 だから、僕は全ての人に対して、 わけ隔てない。という感情を持ちたいと 修行をしている。 クールだね。感情が表に出ないね。 とよく言っていただくが、おそらくそれは、 わけ隔てないからではないか?と思いだした。 僕も怒るし、笑うし、泣く。 しかし、それは自分の思い通りにならなかった時ではない。 相手に感情が重なった時の方が圧倒的に多い。 『相手の悲しみや喜びを共有する。』 渡邉美樹に教わった事だ。 そして、ワタミ時代一番好きだった言葉だ。 西洋の要素還元主義。一神教の思想。スチュワードシップ。これらは、主客を分離することが前提だ。そして、それらのおかげで科学はとてつもなく発達してきた。 しかし、その限界も見えた。 世の中は螺旋的に発展する。 赤ちゃんは、最初主客未分の状態で生まれてくる。 分別がつく、つまり、自分と他を分けることを通して 成長する。大人になる。 そして、死ぬ時はまた主客未分の状態となって人生を終わる。 世の中の始まりも、主客未分の状態からスタートした。 しかし、主客分離を通じて発展してきた。 私とあなたを切り分けて、 所有という概念が生まれた。 所有を自分のものとするために、争いが生まれ、 国家同士が戦争を巻き起こした。 人種、肌の色、言語、住む地域。これらの分別をつけて 分離して理解をしてきた。 しかし、その時代も終わりを告げて、未分の時代へと 歩んでいるのかもしれない。 未分から分離そしてまた未分へ。 元の場所に戻るが、一段進化して戻る。 螺旋階段を上るように。 今、僕たちはその螺旋階段を分離から未分へ向けて 一歩ずつ、歩んでいる段階なのかもしれない。