|-【語録】

闘病ではなく応病

年明けに腰が痛くなり、起き上がれない自分を客観的に見ながら、
17歳の時にマイコプラズマ肺炎で入院した時の事を思い出しました。
なんでこんなになるまで放っておいたんですか!と怒られ即入院。
生死の境とまで大袈裟ではないが、かなり辛い日々を送りました。
最近の和解の話やエゴは消えないという話しから考えて見ても、病と闘ってはいけないと思うのです。
闘おうとすればエゴと一緒で暴れる。
なんで?俺はお前に身体の異常を伝えにきたのに、拒否しようとするんだ?
そうやって、余計に暴れ出すのです。
腰を痛めた時、腰の治療は一切有りませんでした。脚の筋を伸ばす事と股関節の入念なマッサージでした。
どうしても目に見える、感じる部分を治療しがちですが、本当は全体のバランスが崩れた結果たまたまその場所に現れただけでそこだけの治療は対処療法でしかないのですね。
現にガン細胞は発病する前から身体のいろいろな所にあるという話は既知の事でしょう。
病に応じて、身体と対話する。
全体のバランスを取り戻す事を心がける。この事が必要なのでしょう。
先生に、腰に現れてよかったですね。最悪、人口股関節になってたかもよと言われました。
闘病ではなく応病。
どんなメッセージを持って身体に現れたのか?
病になるとその強い心を持つ事は簡単ではありませんが、病とも和解できる人でありたいと思います。


2011-01-11 | Posted in |-【語録】1 Comment » 

コメント1件

 つぐ | 2011.01.12 1:49

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腰痛からいろんなことを感じたみたいですね。
身体も喜んでいると思いますよ。
自分自身とのコミュニケーションの一つですから。
完治に向かいよかったです。

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