|---鈴木大拙

禅とは何か~第一章つぶやき~

23:08 実に宗教をして可能ならしむるものは、この個人的宗教体験であって、したがって今日ここに最も考うべき重要な眼目となっているものなのである。 #


23:10 宗教はこの最後の体験というところまではいって来なければ、真の妙趣は味わう事が出来ない。また、その妙趣が現成してくるようでなければ宗教は宗教としての生きた用をなさないのである。 #


23:11 体験とはこの心、すなわちわれわれの主観が、一定不変のある態度を持して、内外の境界に対して行く、その呼吸が自分の手に入るという事である。 #


23:14 いったいわれわれの精神的不満というものは、この主観の内外界に対する態度が一定せぬ間は、どうしてもやまないものなのである。 #


23:15 人間は神と動物との中間にぶら下がっているからして、そこにわれわれの刻々痛切に感ずるところの精神的不安なるものが付きまとって離れないのである。 #


23:16 涅槃ということは、「安穏」という事を意味するのである。 #


23:18 涅槃を他の言葉で訳してみると、『常楽我浄』とでもなしたら間違いなかろうと思う。 #


23:19 常は、永久を意味する。楽は心に一つの落ち着きがあるを意味する。我は自由自在を意味する。浄は清らかな心の澄み切った事を意味する。 #


23:20 「我」が最も大切であると信じている。 #


23:21 涅槃の真相は、この「我」すなわち自由自在を体得したその境界にあると自分(大拙)は思っている。 #


23:22 精神的不満を感ずるという事には、その半面にすでに満足を感じているという事をも同時に意味しているのであるという事を忘れてはならぬ。 #


23:23 答えは問いの中にある。 #


23:26 我々が精神的に不満を感ずるのは、われわれの生命その他すべての事柄において限りがあるところに気づいていて、限りのない事物に対して、ある不安を感ずるところにこの精神的不満というものが発生してくるのである。 #


23:28 われわれが現実の世界に当面して自らの要求することと現実ありのままの世界なるもの、言い換えれば「在る」と、「在りたし」という二つのものがとかく矛盾衝突するのである。 #


23:31 すべて人間は自己分裂を感じ始めたところに宗教心の芽生えがあるのである。 #


23:33 自己の分裂する時代、一つは事実の我であり、一つは自己の中において価値を求める価値の我である。この二つのものが矛盾するところにわれわれ苦しみは存するのである。 #


23:36 近時の科学は価値の世界に対してさらにさらに深い根本的な研究をなすべき事を忘れて、生物我ないしは個我の研究を出発としているがために、今日の科学の進歩というものは単なる事実の世界に対してのみ成功して、われわれの内面的な欲求世界に対してはなんらの糧をも提供してはいないのである。 #


23:37 人間には誰の場合においても、この事実の世界を超越したところに価値の世界を建立すべき熾烈な欲求がある。 #


23:39 彼の浄土というものは単なるお伽噺ではない。浄土くらいはなくてはならぬという欲求。 #


23:40 この分裂というものを救うべき方法ありや否や、曰く二つの方法があると答える。一つは知的宗教、一つは情的宗教によるものである。 #


23:42 解決策がいかなる具合で運んでいくかという事については、ここに一つ回心(えしん)ということについて、一応説明しておこうと思うのである。 #


23:43 回心ということには、俗にいわゆる窮して通ずるということの、その通ずる事を意味する #


23:48 この回心ということは必ず自己の内心からへい出するものでなくては駄目である。他から施された方便や手段はいつまでたっても方便であり手段である、自分で本心を一変せぬ以上はこれは真の回心とは言い得ないのである。 #


23:49 知的である禅宗はこの事を悟道と言い、他力宗では安心(あんじん)を得たと言うのである。 #


23:53 宗教そのものには知識は不用であるが、しかしそこまではいって行く前提として、または宗教そのものの真の活動を始めるまでには、どうしても知識の必要なることが認められるのである。 #


23:54 仏も四諦十二因縁というような苦しい途を通ってこなければならなかったのである。知識の苦しい修練というものがなくては、回心と悟道もできない事が証明されるのである。 #


00:02 阿耨多羅三藐三菩提 #


00:07 覚悟。どちらも、『さとる』 と読むね。静かな響きだ。真理をつかむ。一定不変の態度を持って内外の境界に対して行く。体験に体験を重ねた結果得られるのが覚悟。揺るがない主観なのだろうな。 #

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2010-06-05 | Posted in |---鈴木大拙No Comments » 
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