|-【読書】

西田幾多郎~善の研究~を読み始める。

3名の人に同じことを言われたら、メッセージとして受け取る。
西田幾多郎の善の研究を、薦められ手に取った。

善の研究 <全注釈> (講談社学術文庫)/西田 幾多郎
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『純粋経験』という考え方。なかなか難しいが、一言で言えば、
主客未分。
あなたと私を区別しない。
以前、
『天地一切のものと和解する。』
という事を教わり、とても感銘を受けた。
そのことに通ずるのではないかと思う。
私が『志』という言葉に惹かれるのは、まさにこの
主客未分という考え方からだ。
自我ではなく、大我。
『私』とは、単に個の私ではなく、
『私達』という言葉に近い。
己一代で何かを成し遂げようとする野心ではなく、
己一代だけでは叶わないような大きな夢に向かって
力を合わせて達成していく志。
志は、一人で抱くものではなく、
仲間と共に抱くもの。
仲間は、空間を超える。
仲間は、時間を超える。
そして、
仲間は、自我を超える。
だから、僕は全ての人に対して、
わけ隔てない。という感情を持ちたいと
修行をしている。
クールだね。感情が表に出ないね。
とよく言っていただくが、おそらくそれは、
わけ隔てないからではないか?と思いだした。
僕も怒るし、笑うし、泣く。
しかし、それは自分の思い通りにならなかった時ではない。
相手に感情が重なった時の方が圧倒的に多い。
『相手の悲しみや喜びを共有する。』
渡邉美樹に教わった事だ。
そして、ワタミ時代一番好きだった言葉だ。
西洋の要素還元主義。一神教の思想。スチュワードシップ。これらは、主客を分離することが前提だ。そして、それらのおかげで科学はとてつもなく発達してきた。
しかし、その限界も見えた。
世の中は螺旋的に発展する。
赤ちゃんは、最初主客未分の状態で生まれてくる。
分別がつく、つまり、自分と他を分けることを通して
成長する。大人になる。
そして、死ぬ時はまた主客未分の状態となって人生を終わる。
世の中の始まりも、主客未分の状態からスタートした。
しかし、主客分離を通じて発展してきた。
私とあなたを切り分けて、
所有という概念が生まれた。
所有を自分のものとするために、争いが生まれ、
国家同士が戦争を巻き起こした。
人種、肌の色、言語、住む地域。これらの分別をつけて
分離して理解をしてきた。
しかし、その時代も終わりを告げて、未分の時代へと
歩んでいるのかもしれない。
未分から分離そしてまた未分へ。
元の場所に戻るが、一段進化して戻る。
螺旋階段を上るように。
今、僕たちはその螺旋階段を分離から未分へ向けて
一歩ずつ、歩んでいる段階なのかもしれない。


2010-04-26 | Posted in |-【読書】No Comments » 
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