|-【108話のメッセージ】, 仕事への姿勢

第五十二話 「俺が」から一段上がる

アーティストは、境地に達すると、

「この作品は自分が作った作品ではない」

という感覚に襲われるという。
何かに導かれたりとか、様々な人との出会いとか、
そういった過程の中で結果としてできたものであって、

自分ひとりで作ったものではないという感覚にふと襲われる。

作品が自分の手から離れていく感覚なのだろう。

それは、経済用語で言う「疎外」と同じ感覚なのかもしれない。

結果として得るものを、目的にしてしまう病がある。
例えば、創造性。
創造性をつけるにはどうしたら良いか?という議論があるが、

ピカソは創造性を付けたいと思いながら、絵を描いてきただろうか。
結局、自分の思いをぶつけ続ける中で、世の中の人が「創造性のある絵だ」と評価したに過ぎない。
それを、HOWTOにして学ぼうと思っても学べるものではない。
その時に、重要なワード。

無我夢中

無我夢中の言葉の中には、「我を無くす」という言葉がある。
俺はがんばっているのに・・・
俺が一人でやってきたんだ・・・
この感情が心の中にあるうちは、結局その仕事にはエゴしかない、

周りを含んでいない世界となる。
かといって、自分を捨てろという考え方も少し違う。
それは、結局自分を抑止してるだけである。

であれば、どう考えるのがよいか?
自分は全体の中の一部だと考える事。
自我から、一段上がって、大我と考える事。

そう捉える事ができたなら、一段次元が上がる。
そう全ての事を捉えて、生きることができるには、やはり

「感謝」

という言葉なのだろう。

自分は、周りの人に支えられて生きている。

そのことが分かれば、「俺が」「俺が」という気持ちはやわらいでくる。
全ての事を受け止める姿勢が備わる。
まさに、アビリティーではなく、コンピテンスの世界。
私自身、「俺一人でやっている」と寂しくなった時期がありました。

「もう俺以外いない」

「俺がやらなきゃ」

「俺が結果残す」

意地だけで働いていた時期がありました。

でも、これは自分だけの仕事じゃない事に気付きます。
周りの仲間の協力があったからこそ、一つの形として結果を残し、
次のステージへと上れるわけです。

確かに矢面に立ったのは自分。
しかし、自分だけがやった仕事じゃない。

いろいろな人の協力があるからこそ成り立つ事。
その時、「すべてに感謝する」という意味が
言葉で分かっていたけど、経験として気づいた瞬間、

「俺が」から一段上がる。

このことを大切にしたいと思います。


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