|-【108話のメッセージ】, 誰かの為に生きる

第三十話 有限責任と無限責任

最近、発展途上国に学校を作ろう

と、言って寄付を募り、学校を実際に建設する。

という社会貢献のシーンをよく見ます。

では、この学校がたった後は、

この支援をした方々はどう関わるのでしょう?

建てたら、後の運営はよろしくね。

そのようなスタンスもあるでしょう。

建てないより、建てる活動を起こした

事のほうが立派です。

ただ、これは有限責任という範囲なのだと

思います。

学校を建てるという所において責任を負いますよ。

という、自分の責任の範囲が明確化されています。

本当に責任を負うという事はどういうことか。

無限責任を負うという事にほかなりません。

もし、その子たちの将来まで面倒を見ると決めたなら?

その子たちが、学校で勉強をして、

自立して自分の力で生きていくところまで、面倒を見るとしたら?

そこには、相当の覚悟が必要でしょうし、

責任の幅は無限に広がっていきます。

無限責任を負う覚悟を持ち、生きていったとしても、

無限責任を負えば負うほど、一つの壁にぶつかります。

責任は、一人では負いきれない。

この壁にぶつかります。

だからこそ、その覚悟を持った仲間が必要になっていきます。

そして、その覚悟は、

「祈り」

となって、次世代に紡がれていきます。

その祈りこそが、志の本質なのでしょう。


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